兼業Pのカタコト語録

デレマスの、エンタメのことや想いやもやもやを文字にする場所。

そろそろ動き出すときなのかも、のお話

 どうも、青葉飛鳥です。

今回はメンタルがらみの自分語り。

 

 今の段階でこういうことを考えるのは時期尚早なのか、

それとも、早い段階から考えていかなきゃいけないかはわからないけど。

どちらにせよ、いつかは当たる問題。放ってはおけない問題。そんなお話。

 

 自分の今を客観視する意味でも大事なのかなって。

あとはそう、これを読んでいる皆さんにも。

僕がどんな状態なのかを知っていただければ、

コミュニケーションを取りやすいかなって。そういった意味もあります。

 ある種の要請でもあります。

 

長くなりそうなので、いつも通り暇つぶしがてらに読んでいただければ幸いです。

 

 

 

私の症状

 さて、心療内科にかかってから早1か月。

抗精神薬のスルピリドと、弱めの睡眠導入剤を飲みつつ。

最近では、不安の種だったADHD対策のストラテラも飲みだした。

 

ADHD

 うつ病の緩和のための薬とはほかに、ADHDの薬があるのは。

心療内科の先生から、

「ADHD,もしくは学習障害のような症状が土台となって。

つまりそのせいでミスが頻発して、

その失敗や落ち込みから鬱や適応障害の症状が出ているのではないか。」

と言われたからだ。

 

もっとも、ADHDの可能性を持ち出したのは私の方で。

 

 というもの。昔っから注意力に欠け。

頭をぶつける、タンスの角に小指をぶつけるのは日常茶飯事。

 

やれと言われたこと、気を付けてねと言われたことは大概忘れるし。

宿題や大事な用紙を提出し忘れたことも数知れず。

下手したら、そういった紙をもらったことすら親に言い忘れたこともあった。

 

ADHDの簡易傾向テスト

ちなみに、ADHDの傾向を調べるテストでは。

テストA→8点

 AD「注意欠如」の状態を表す:5点以上で傾向が非常に強い

 

テストB→5点

H「多動」の状態を表す:5点以上で傾向が非常に強いとされる。

 

ハロウェルとレイティによるADHDテスト→14点

上記二つがDSM5という診断基準に比べて、総合的な面からの診断。

14点を超えると症状が強いと判断します。

 

 と、問診では漏れなくどれも境界線の値か、

それ以上の数値をたたき出してしまった。

 

 実をいうと、

上記に書いた子供のころのことを思い出したのはこのテストを受けた後なので、

今やり直せばもう少し点数が上がるかもしれない。

 

 ともあれ、この点数が高いことが問題だというわけではなく。

実際、こういった症状で日常生活に困難が出ているかどうかが問題になる。

 

 

仕事での困りごと

 学生時代なんていうのは、いくら一人で行動していようが困らないし。

なにかあっても「ちょっとこいつ変わってる面白いやつだな。」で済む。

少なくとも私はそういう視点で生きてきた。

 

 だが、社会人になって、仕事が始まるとそうはいかない。

まして接客業。まして販売業だ。

チームワークや効率化という言葉に、殊更デリケートな連中である。

 

 何かの本で読んだけれど。

そういった環境変化で症状が顕在化してくるケースというのは、

往々にしてあるらしい。

 

 接客業に関しては得意ではなかったが、なんとか頑張ろう。

挑戦してみようと思った。でも、問題はそこ以外だった。

 

 上司の指示がうまく理解できないことや、聞き取れないことが出てきた。

これは今でもたまにあるが、

「相手が日本語を話しているのはわかるが、何を言っているかさっぱりわからない」

という現象がたびたび起きるようになる。

何度も何度も、「あの、○○って~でしたっけ?」と聞き直すことになった。

当然、作業の効率は落ちるし、上司もキレる。

舐めてると思われても仕方がないだろうとも思う。

 

 そして、なによりつらかったのは「記憶力の無さ」と、「段取りの悪さ」だった。

もともと、研修で腐るほど言われていたメモを取る行為というのは、

自分なりにしっかりとやっていたつもりだだった。

 

 それでも、メモを見ても理解できない。

なんで自分がそう書いたのか、わからないようなときも出てきた。

当然、段取りも悪くなる。何度も何度も売り場とバックヤードを行き来して、

必要のない移動を繰り返す。

 

 ちなみに、別の会社で販売をやっていた友人には

「それはメモの取り方とか優先順位のつけ方とかを、

しっかり教えてもらえなかったのが悪いね。

そういう時は、~ってやるといいよ。」と教えてもらった。

 

当時にそういった情報が、手に入っていればまだマシだったのだろうか。

 それとも、単に自分のやり方でやろうとして、

素直に聞けなかった自分が悪かったのだろうか。

 

 ちなみに、ひどいときは、

「さぁ、〇〇をしよう!」と売り場に出た数秒後に、

何をしに出たのか忘れることもあった。

そして、売り場とバックヤードを何度も行き来する羽目になるのである。

 

とまぁ、この辺の話は過去にも記事にしているので。

詳しくはそちらを見ていただくとして。

www.hottoplatt.com

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  そうして、病院へ行った結果。

上記のような鬱や適応障害と診断されたのである。

 

うつ症状

 実は、鬱の症状に関しては、薬のおかげかある程度マシにはなってきている。

もっとも以前みたいに、

「おっ、一日休みあるやん!ディズニー行こ!」とかは当然無理で。

 

必要な買い物や移動、

ちょっとした読書に車で外出できるかなくらいまでは回復できた。

 

 もし私の症状が鬱ではなく適応障害なら。

問題の一端を担っていた職場から遠ざかった段階で、

多少楽になるのは目に見えていたのだけれど。

 

思った以上にもやもやとした状態が続いている現状がある。

 

 本来なら、

「わー仕事休みやん!どっかいこ!あそびいこ!やりたいことしよ!」と。

 

インフルエンザが治ったのに医者から許可が出ない学生みたいになっても

おかしくはないのだけれど。

今回はどうも違うようだ。やる気が出ない。

何かしたいと思っても、それを実現するエネルギーが未だ沸いてこない。

 

 そして、誰かに引っ張られて遊びに行ったとしても。

100%楽しくないのである。なんかこう、楽しく感じる感覚が鈍っている感じ。

 

 そして、そんな状態が怖い。

一度鬱や適応障害になると、

もとの100%の自分に戻ることはできないというのは周知の事実で。

件の友人からもその話はされていた。

 

 なら、私のゴールはどこなんだろう。

何をもって治療したというのだろう。

どこで胸を張って、明るい顔をして出ていけばいいのだろう。

とそんなことを最近考えるようになった。 

 

 そうは言っても、いまだ大したエネルギーが出せないこの身。

その辺りは深く考えない方がいいのかもしれない。

 

けれど、ゆっくり。

本当にゆっくりでもいいから進み始めてもいいのではないだろうか。

 

 

変えられないもの、変えられるもの

 私が鬱や適応障害になったこと。ADHDを持つ疑いがあること。

これはもう、変えられようのない事実だ。

 

 次元転移装置や、

なんでも治せるエリクサーのような薬が実用化されていない2018年現在。

 

上に挙げた私の問題を完全に解決するのは不可能なのだ。

 

 とすれば、変えられるものは何だろう。

それは、私の態度や、ものの見方。考え方や日々の生活だったり。

そういった類のものだろう。

 

 特にその中でも、鬱などの対策ではものの見方、

考え方を変える「認知行動療法」というものがあるらしい。

こんな本とか

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小さなことに左右されない 「本当の自信」を手に入れる9つのステップ

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  こういった本があるらしい。

 

これを取り入れた生活を、やってみようかなと思うのだ。

 

もちろん、どんなことかはほとんど知らないし、

文献もこれから購入するところだけれど。

 

 「来年の~までゆっくり体を休める」という自分の中での宣言は、

この心のモヤモヤまでもその時まで引き継いでいそうな気がするからだ。

 

 パーキンソンの法則だったか。

『仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する』

放っておくと、その通りになりそうで怖いのだ。

 

 急ぎはしない、けれど焦らずに。でもゴールをしっかり見据えて。

変えられるものから、着実に変えていけたらいいななんて。

そんなことをおもったのである。