兼業Pのカタコト語録

デレマスの、エンタメのことや想いやもやもやを文字にする場所。

難病の検査ができなかったよ、のお話

 どうも、青葉飛鳥です。

 ここ最近マイお題ばかりが続いていてネタ不足な感がバレバレでしたが。

今回はオリジナル。

というか自分に関するお話。むしろ自分の体験したお話。

 

 本題に入る前に。みなさん、”難病”って言葉をご存知ですか?

難病というのは、原因が不明で,治療方法が確立されていない疾患をいう*1 らしいですね。

 

 わかりやすくいえば、“不治の病”ってやつです。

なんとなく時代錯誤かもしれませんが、今の時代にもあるんですよ。

 

今回は、そんな難病と私のお話。

 

 よろしければ、最後までお付き合いくださいませ。

 

 

事の発端

 事の発端は、私が何度もネタにしている仕事でのごたごたまでさかのぼります。

当時の私は仕事を行う上での段取りが悪く。

頼まれごとや、メモしたことも忘れるなどの短期記憶の弱さも目立っていました。

 

 そして、”これら”が原因となって休職状態へと自分を追い込んでいくわけですが、

それはまた別の話。

 

 普通、段取りが悪かったり、記憶力が弱いとなれば人は何を思うか。

本来なら、

「一年目だし自分はダメでもしょうがない」と考えるべきところなんでしょうが。

別の線も疑いました、それは病気です。

 

別に病気のせいにして楽しようというわけではなく、

仮に病気が原因であれば、対策もしやすいだろうということ。

 

そして、

自分の中に

”頭が使えなくなる病気の可能性”があったためです。

なんだこの、チャンスゾーンに入るためのチャンスゾーンみたいな。

 

 閑話休題。

なので、この時の私は自分の仕事の出来なさについて

・生来の不器用、仕事のミスマッチ、まだ覚えていないだけ

・ADHDなどの病気が原因で覚えにくい、仕事がしにくい。

・件の”難病”のせいで、頭が弱くなっている。

という3つの可能性をあげていました。

 

もし、事の原因が難病である場合、のんきに仕事なんてしている場合ではありません。

ちょうどいいタイミングでメンタルをやられ時間ができた私は、

いつもお世話になっている人とともに、病院にかかってみることにしました。

 

 

なんで難病の線を疑ったのか

 前の章で、

”頭が使えなくなる病気の可能性”という話をしました。

普通に生活していれば、この考えに至る可能性は低いかもしれません。

比較的知名度の高い認知症や健忘症などを疑わず、

なぜ難病という可能性が出てきたのか。

 

それは、私の親がその難病で命を失っていること。

そして、その難病の何割かは遺伝性であること。

 

が理由です。

 

 ちなみに、

これは今回調べていただいてわかったことなんですが。

私の親の親。つまり私の祖父もその病気だったらしく。

さらにさらに、祖父の兄弟の娘。その人もその難病にかかっていると。

 

親から子へ、子からさらにその子へ。

そう考えると、私が難病にかかる可能性もゼロではないわけです。

というより高いといっても過言ではないかもしれません。

 

 ただ、ここで大事なのは、

難病の遺伝子を持っている=発症する

ではないこと。

 

 たとえば、私のおばにあたる方は現在。

亡くなった親の行年と同じほどの年齢ですが、ぴんぴんしています。

もっとも、すでに発症していて症状が出ていないだけという可能性も否めませんが。

 

 とりあえずまとめると、

遺伝性の病気でもあるので、私はその線を疑ったわけです。

 

 

検査を受けるかどうか、よく考えて

 かかりつけ医に事情を話し、紹介状を片手に地元の大型病院を訪れた私たち。

そこで言われたのは、「本当にその難病かどうか。検査をするか自体よく考えて。」

ということ。

 

 そういわれた理由は簡単で。

上にも書いたように、遺伝子持ち=発症とは限らないからです。

仮に、その病気の遺伝子を持っていたとしても、

死ぬまで発症しない可能性だってあります。

 

 ちなみにこの検査、発症するかどうかを調べるものではなく。

発症する可能性があるかどうかを調べる検査のようで。

 

 もし、検査をして自分が難病になる可能性があると発覚したら。

人によっては、自暴自棄になってしまう可能性もあります。

担当された先生は、そういったことを危惧されていました。

 

なので、その日は一度保留という形で帰りましたが、

ぶっちゃけその時点での私の回答は決まっていました。検査を受けたい、と。

 

 このケースを言い換えるとこうです。

自分の体の中に爆弾かあるかもしれない。

しかもその爆弾は爆発したら一発アウト。もれなく死ぬ。

でも、もし爆弾があったとしても、それが爆発するとは限らない。

それでも、君は自分の中に爆弾があるかどうかを調べるか?

 

  私が調べたいといったのは、もし爆弾があるとわかりさえすれば。

今後の人生の身の振り方もいろいろと考えられるだろうと思ったからです。

それに、ないならないで大手を振って街中歩けますからね。

 

 一度目の診察からしばらくして、検査する意思を先生に伝え。

その検査ができるより大きな病院へと紹介状を書いていただくことになりました。

 

 

検査はできなかった

 結論から言いましょう。検査はできませんでした。

というか、させてもらえなかったというのが正しいのでしょうか。

 

 先にでた自暴自棄になるといったような問題があるからなのか。

主だった症状が出ていないうちは、倫理的な観点から検査はできないと。

そう告げられました。

 

 もっとも、最初に不安視していた段取りや短期記憶の悪さは。

心療内科で処方されたADHD用の薬を服用することで、

ある程度改善の兆しが見えてきたので。

それはそれで一安心なのですが、こちらとはまた別問題。

 

 じゃあなにか、治療法のない病気で。

身体が動かなくなったり、しゃべれなくなったり、

そういった症状が出てきてからやっと検査して確定診断が出せると。

 

 カウンセリングで可能性があるかを調べることもできるらしいけれど。

家系図で誰が難病にかかったかを見た時点で、ほぼほぼ答えは出ているわけで。

 

 倫理的な観点、治せない病気、発症してからの検査、来院。

自分を納得させたつもりになっていたけれど、思い出すとやっぱり腑に落ちない。

 

 

 これからどうするか

  怪しい症状が出たらまた病院にかかりに行く、がベストな答えでしょうね。

少なくとも、”爆弾”自体は恐らく私の身体の中に埋め込まれているはずです。

それが爆発するかどうかは、今はまだわからず。

しかも、爆発したとしても症状が出てくるまでには間があったりなかったりするそうじゃないですか。

 

発症する確率、牙狼の新台で大当たりする確率くらい低ければいいんだけどなぁ。

アレ絶対1/319じゃないって…

 

 ともあれ、病気の因子がある可能性が金保留並に濃厚ということで。

私は今後の人生の生き方を改めて考え直さなくてはならなくなりました。

50まで生きられればいいとか言ってましたが、

下手したらその前に死ぬ可能性もあるわけですからね。

 

ちなみにこの病気、死ぬだけならまだしも。

言動がおかしくなる→動けなくなる→しゃべれなくなる→認識できなくなる

→生きているだけになる

 

という流れで悪化していく病気だったりします。

個人的に言わせてもらえば、私が一番嫌っている死に方です。

私はよく、

「植物状態になるくらいなら、バイクで派手に事故って一人で死んだ方がマシだ。」

とげらげら笑いながら言っていますが、あれは9割方本気の発言です。

 

 幸いなことに。今の私には守るべきものがほぼありません。

しいて言えば自分の身くらいでしょうか。いうなれば『無敵の人』に近い状態です。

とすれば、今まで以上にやりたいことに素直になって。

幸せに生きるためにいろいろと挑戦したりしてみてもいいのかなぁ、と。

失敗したところで何を失うというのか。

そんなことを思うわけです。

 

 どこぞの金髪縦ロール先輩じゃないですが、

「もう、何も怖くない!」状態なわけですからね。

 

 

  〆

 時間のかかる大病院に何度か行って、結果的に検査ができませんだったので。

その結果だけを見れば、今回の件はただの徒労だったと言えないこともありません。

もっと言えば空回りか。

 

 ただ、その過程でいろいろなことを調べていただいたり、

病気のことも知ったり、人生について考えたりと。

貴重な機会であったという認識も持っています。

 

そもそも、

難病にかかってるかどうかを調べたいってなる時点で相当なレアなんだろうけど。

 

 今回の件も、大変なことはたくさんあったけど無駄にはならないはずです。

 

と、思わないとやっていけないななんて思うところもあるわけですが。

まぁ、なんにせよこれからの人生、長いにしろ短いにしろ。

楽しければ私はそれでいいです。あと20年くらい生きられれば。

 

 というわけで、今日も今日とて一人でお酒でも飲みますかね。

 

 

 

*1:ブリタニカ国際大百科事典 小項目辞典 より 

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