兼業Pのカタコト語録

デレマスの、エンタメのことや想いやもやもやを文字にする場所。

正式にニートになったよ、のお話

 どうも、青葉飛鳥です。今回は近況報告の回になります。

ただ、今の自分の事だけを話してもなにも面白くないので。

メンタルやられた人的な観点だとか、何をしてたとか。

 

 

 世の中、人と人のつながりが大事なので(してー)。

こういうところで、

このブログを書いている人間がどんなクズ人かをより知ってもらうのも良いかなと。

 

 よろしければ、最後までお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

経緯

正式なニートになるまで

 私青葉飛鳥は、昨年4月1日から本年1月14日まで。

新卒で入社した会社に”所属して”いました。

 

大事なのは、所属していたという点。

勤務すると書けばいいところを、

あえて所属したとしたのにはちょっとした理由があります。

つまり、実際の状況とは差異があったというわけです。

 

 職場の人間関係のごたごた。

そして、ADHDや生来の考え方からくる要領の悪さで私のメンタルが悪化。

そんな折、ちょっとしたインシデントが起きたのが昨年の10月末。

 

9月の上旬から状況が悪くなっていき。

一度はよくなったものの、またしても限界になりかけたところでの上記の事件。

簡単に言うと身内の不幸なんですが、それが決定打になったのだと思われます。

 

私は、その日以降会社に顔を出すことはなくなりました。

 

 10月末以降、私は休職という扱いで会社に所属だけはしていたことになります。

これが、上の言葉の正体です。

 

正式なニートになる

 休職扱いなんで実質ニートなんですが、

籍自体は会社に置いていましたし、何かあれば戻ることも(恐らく)可能でした。

 

それが叶わなかった、叶えなかったのは。

私自身の選択によるものと、環境によるもの。その二つの要因があります。

 

 閑話休題。

先日、数か月ぶりに上司から連絡が来ていました。要件は一つ。

「連絡をください。」と。

 

ちなみに、

”職場からの連絡がきた”という事実だけで体調が悪くなったのを覚えています。

あの緊張とも不安とも恐怖とも言い切れぬ。いろいろなものが混ざった感情。

休職生活でそういった不安とは無縁(になるようにしていた)だった私には、

久々の感覚でした。

 

「連絡をください」という一言でも、意味するものは複数あって。

一つは、

「まずお前の今の状況を聞かせてくれ。元気なのか、どうなのか。」

 ということ。

 

 上司は私の体調やメンタルについて、かなり気にかけていてくださった方で。

冷静になった今思えば、その意味合いが強かったのかもしれません。

 

 そしてもう一つは、

「会社を辞めるか、復帰するかどうかの答えを聞かせてくれ。」

ということ。

 

 休職に入る前、入ってから何度か話す機会があり。

その時点で私はこの会社を辞めることをほぼ、心に決めていました。

ほぼというのは、

私の希望する雇用形態が実現可能であればもう少し頑張ってみようかな、と。

 

 そして、今回の連絡に対する私の答え。

それは、「辞めさせていただきたく思います。」

休職時点でほぼ決まっていたことではありますが、

改めて上司にそれを伝える重さ、緊張感。

 

そして、何かから解放されたような感じ。

それと同時に、別の何かが重くのしかかるような感じ。

結局、なにも背負わずに生きていくことはできないのです。

 

 上司への連絡から数日後。

本社の人事部への連絡を行い、

これを執筆している1月15日付での退職となりました。

 

もっとも、退職願の提出や、保険の切り替え。

作業着や物品整理などのの作業は残っていますが。

 

私、青葉飛鳥。正式にニートになりました。

俺、ニートになります。これはニートですか?境界線上のニート。

 

 

 

今の気持ち

 長い間うやむやにしていた問題に、

一応の終止符を打てたということで一安心しています。

 

 自分の心では決めていても、周りがそれに反対しないとしても。

実際、その答えを会社側に伝えるのは恐怖がありましたし。

改めて、まっとうな人生のレールから外れることを実感させられました。

もっとも、大学で留年した時点でそもそもレールなんてなかったって話ですが。

 

 声優になろうとしたり、自分が何をしたいかわからなかったり。

とある理由から、どうしても早く内定をもらわなければいけなかったりと。

思えば、”楽しい人生”だったと思います。

 

 ただ、その中で果たして自分の選択で行ったものがどれくらいあるか。

 大学への進学も、今回辞めることになった会社への就職も。

ここから先は、自分で選ばなければいけない。

そういう人生を生きたいから、退職という選択肢を選んだということもあります。

 

 レールの上を歩いていく、仕事も決して自分の好きな業務ではなかった。

それを続けるという重荷が解かれて。

その先にあるのは、なにもかもを自分で選んでいくという重荷、責任。

 

 もっとも、今の自分には守るものがないので。最小限の責任で済みます。

俗にいう、自己責任というやつです。

 

 この先どう生きていこうかという、不安と楽しみ。

これは、レールから外れたからこそ味わえるものなのかもしれない。

 

 

休職中の話

休職中なにしてたの

 基本的には、心療内科の先生の指示に従い。心身の療養を行っていました。

なにもしたくない、というかできない。そんな状況から脱却することが目指しました。

 

 やがて、ごはんも少しづつ食べられるようになり。

車での外出なら多少できるようになってきたころ。

家にいて寝ている方が、苦痛になってくる時期がやってきました。

 

 別に暇だとかやることがないとか、

インフルエンザで休んだ小学生みたいなことを言うわけではなく。

家の中で横になって寝ているだけだと、自然と気分が落ち込んでいくのです。

面白いといわれる動画やアニメを見ても、全然心に効いた感じがしない。

かといって散歩なんかの気晴らしに行けるかといわれると首を捻る。

 

 これの解決方法は、「何もしない時間を作らない。」でした。

つまり、横になってただぼーっとする時間を減らすこと。

読書でも、ゲームでも、散歩でもなんでも。

 

たとえ、心がそれを拒否しても、身体を先に動かす。行動する。

曰く、「人間の脳みそは二つのことを同時に考えられない。」

楽しいから行動しようではなく、行動すると楽しくなってくるという理論。

 

 結果、この方法は大いに効き目がありました。

落ち込む時間も減り、自然に笑えるようになり。

人に会うのもおっくうではなくなっていきました。

 

ただ、この方法で生まれたデメリットもありました。

 

 

青葉飛鳥、ギャンブルにはまる

 休職中は、「やりたいことをやろう」という意識が強くありました。

それは、うつ病に関する本や、いろいろな個人ブログに書かれていたことで。

やりたいことをして、楽しい気持ちになって、心に栄養をためていく。

そういうことなんだと思います。

 

 そして、そのやりたいことの一つとして、「ギャンブル」がありました。

数年来やることのなかったギャンブルを、再開させたのです。

もっとも、これには他の理由もあり。

仲のいい友人たちがみんなしてパチンカスなので、

その話題に混じれないのがさみしかったのと。

気を使わせているのが申し訳なく思っていた自分がいたからです。

 

 久々のギャンブル。まーこれが面白い。

私が主にスロやパチに励んでいたのがスロのまどマギや化物語。

輪廻のラグランジェやP4がホールで現役を張っていた頃なので、

はっきり言って相当前です。

 

 そこから数年。演出も役物も、台も進化し。

私はずぶずぶと沼にはまっていきました…

あ、P沼にはさすがにハマりません。アレはダメ。

 

 もちろん、悪いことだけではありません。

件の友人たちとの交流が再び活発になり、

人と会うのが億劫だった自分を変えてくれる契機になりました。

 

ギャンブルだけではなく、普通にご飯行ったりカラオケに行ったり。

自分がどんな状況だったか話したり、聞いてもらったり。

賭けで失った額も大きいですが、得たもが大きいのもまた事実です。

 

 

青葉飛鳥、読書にはまる

  落ち込まないために行動する。

そのために選んだもう一つの選択が読書でした。

 

 同じく鬱を経験した友人から、

「鬱のときは本を読みまくるといいよ。俺はそうしてた。」

というアドバイスをいただいたためです。

 

 鬱になる前、つまりは働いていたころですが。

自己啓発本がほとんどで、あとはマンガなどを読んでいました。

ただ、気分が死んでいる状態だというのに自己啓発本など読めるわけもなく。

そして、実写映画化されるような読み応えのある小説を読む体力もなく。

 

いきついたのは、ラノベでした。

 一年と何か月前、ラノベを読まなくなったとか偉そうに書いていた私が。

www.hottoplatt.com

今更ラノベを読むようになったのです。

 

 理由はそれなりに単純で、

・一冊当たりのページ数が少ない、3~4時間で読み切れる。

・少なくとも一般小説よりはオタクの私向けの活字であること。

・挿絵がかわいい。癒される。

・なんだかんだ話の幅も、作品も多いこと。

 

特に鬱な上ADHD気味で落ち着きのない私にとって、

少ない時間で読み切れるというのは大きなアドバンテージでした。

集中できなくなって途中でページを進める手を止めても、

本自体が薄いのでどこまで読んだか、どんな内容かを覚えてい易いこと。

 

 とはいえ、これにもデメリットがあって。

ラノベは一般小説に比べて、文字数が少ない印象があります。

 

実際、家にあった一般小説と電撃文庫のラノベを比較した際。

一般が18行、電撃が17行と後者の方が1行少なくなっていました。

1冊180ページとして計算した場合、両者の行数の違いは180行。

ページにして約10ページ分。これ、結構な差ですよね。

 

その上でラノベの方が値段が特段に安いということでもないので、

金額がかさむのがデメリットといえるかもしれません。

 

個人的には、挿絵があるので全然気にしないんですけどね。

 

 

 というわけで、私がニートに至るまでのいきさつ。

そして、ニート(仮)生活中に何をしていたかをまとめてみました。

 

 これからは、このニート(仮)の(仮)が消えるわけですが、

2月に身辺の状況が少し変わるまでは当分似たような生活を続けると思います。

 

 ただ、それ以降はさすがにメンタルもいい感じになっていると思うので、

仕事を探さなければなりません。

もっとも、最初から正社員になれるとは思っていませんし、

契約社員になるのもあきらめてます。というかいきなりそのレベルは胃が痛い…

 

とりあえず、日雇いやアルバイトからスタートして、

日々の食い扶持を稼ぐところから始めていこうかなと。

 

 正直、自分の本当にやりたいことがなんのなのか。

自分でも本当にわかっているのか、ブレブレなんじゃないかと、そんな現在です。

そういったことを探しながら、当面はゆったり生活していければなと思っています。

 

 

 そして最後に、人と人とのつながりについて。

私は基本的にコミュ障で、人と人とのつながりは最小限でいいと思っています。

年末年始に親戚に顔を見せに行くのもいやですし、

葬式の時に幼少期の自分の話をしてくる、

顔しか見覚えのないおじい様おばあ様方の相手をするのも、

はっきりいって疲れる以外の何物でもありません。

 

 ですが、今こうして自分の人生を振り返ってみて。

いろいろなタイミングで、いろいろなことで。

いろいろな人にたくさん、本当に数えきれないほどに助けられてきたなと。

 

 別に、今度は自分が助ける番だなんて思っていません。

私にそんな力はありませんし、甥や姪たちにあげるお年玉もありません。

 

けれど、今まで以上に、人とのつながりを大事にすること。

これはできるんじゃないかなと。別にお金かかるわけじゃないし。

意識の問題ですからね。

 

 結局、一人では生きていけないんだと。そう思ったわけです。

というか、一人で生きていきたくないです。友達も、家族もいたほうが楽しい。

あくまでも、私にとってはですよ?

 

 これを見てくださっている知らない方も。

ツイッターなんかでいつも絡んでくださっている人も。

私の大事な人たちのうちの一人です。

 

 そんな皆様に感謝を告げて、今回は〆といたしましょう。

 

 

※追伸

 関係のない話なんですが、

同期の連中に正式にやめたことを言おうかどうか迷ってます。

飲み会とかに誘われたときにしれっというのがいいのかなぁ。

 

 というか、もはや部外者の私が参加していいのか、という疑問は残りますが。